LOGIN「お前、ガキの頃よく言ってたよな。自分が親を殺したんだって」
「……」
「お前はガキの頃から、わしの家に来るのが好きだった。若いやつらがよく来てたから、一緒に遊んでくれるのが嬉しかったんだろう。うちに来ればいつも、新藤さんのお孫さんですか、かわいい坊ちゃんですね、そう言われて悪い気はしなかったはずだ。
息子は……直人は、本当にわしの息子なのかと思うぐらい、クソ真面目なやつだった。お前への教育も厳しかった。だからお前は、口うるさい親のいる家より、甘やかしてくれるわしの家の方が好きだった」「……」
「それであの日だ。夏休みに入ってすぐのことだった。わしの家に泊まりに来る前日になって、直人の工場でトラブルが起こった。そのせいで、直人たちがしばらく身動き取れなくなった。
わしの家に泊まる気になっていたお前は、大泣きしたそうだな。父さん母さんの嘘つき、嫌だ、絶対明日、じいちゃんばあちゃんの家に行くんだって聞かなかった。まあ、小学生になったばかりのガキだったんだ、仕方ないと言えば仕方ない。 そんなお前に根負けした直人からの連絡で、次の日わしはお前を迎えに行った。お前ときたら、そりゃもう嬉しそうだった。何日か遅れて来ることになった直人たちの顔も見ずに、喜んでわしの車に乗った」「そしてその日の夜、家が火事になって……」
「ああ。連絡を受けてわしが行った時には、家は火に包まれていた」
「……」
「お前が駄々をこねて、直人たちを置いてわしの家に来たのは事実だ。だがな、そのことと家が火事になったことは、何の関係もない。ましてあの時のお前は、学校に入ったばかりのガキだったんだ。あの時のことを悔やんでしまうのは分かる。でもな、お前がいようがいまいが、あの日家が火事になるのは、避けられない運命だったんだ」
「そう……かな……」
「こんな言い方は直人たちに悪いと思うが、でもわしは、お前だけでも
「おっ、やっと来たな。こっちだ、こっち」 クリスマスパーティが終わったあおい荘。日付が変わってしばらくした頃に、庭に生田と西村がやってきた。 迎えたのは栄太郎。「新藤さん、こんな時間にどうしたんですか」 宴会が終わりに近づいた頃。栄太郎は生田と西村に、後でここに来るよう耳打ちしていたのだった。「いやな、たまには野郎三人で、こうしてゆっくり話したかったもんでな」「嘘、ですね」「嘘なもんか。何と言ってもわしらは、若い頃からよくつるんでた仲なんだ。まあ西村さんは、ちょっとばかり年を食ってからの付き合いだがな」「で、本当のところは」 栄太郎の昔話に耳も貸さず、生田が厳しい表情で言った。「いや、ははっ……なあ生田さんや、わしもあんたとは、随分長い付き合いだ」「まあ、確かに……私が高校の頃からですから、かれこれ60年ぐらいですね」「そうか、もうそんなになるのか。西村さんとは、40年ぐらいだな」「ほっほっほ。わしはなんじゃ、仕事をやめてからになるからのぉ。それぐらいになるかな」「それでだ。わしらにもな、色々あったと思うんだ。時には喧嘩もした。本気で怒鳴り合いもした。だが……今ではそれもいい思い出だ。わしはあんたらに出会えたこと、天に感謝してる」「新藤さん。あなたがその目をしてる時は、碌なことがなかったように記憶してる。何を企〈たくら〉んでるんですか」「企〈たくら〉むだなんて、人聞きの悪いことを言わんでくれ。わしはただ、心の友たるあんたらに、ちょっとした頼みごとをしたいだけなんだ」「やはりね……それで? どんな頼みごとなんですか」 生田が、やれやれといった表情で腕を組む。栄太郎は苦笑し、頭を掻きながら小声で言った。「煙草……なんだがな、最後に一本だけ、めぐんでほしいんだ」「煙草って…
「明日香さん……今なんて」「結婚してほしいんだ、あたしと」 突然のプロポーズに、直希は煙草を落として固まった。「あたしね、その……前に一度、ダーリンにプロポーズしたつもりだったんだ。みぞれとしずくの父親になってほしいって。でも、ダーリンってば鈍感だから、言葉通りに受け止めちゃって。一世一代の告白だったのに、うまく誤魔化されちゃってさ。だからね、もう一度はっきり言おうって、ずっと思ってた。 あたしは今も昔も、ダーリンのことが好き。愛してる。でもダーリンは、あたしって言うか、女のことになるといつも逃げ腰でさ。つぐみんやなのっち、アオちゃんにアピールされても、いつもうまくとぼけてた」「それはその……あ、いや、とぼけてた訳じゃなくて」「分かってる。ダーリンはちゃんと、相手の気持ちを理解してた。少なくとも、あたしやなのっちのことはね。ただダーリン、本当にそういうことになると臆病だから、鈍感な振りをして誤魔化してた」「……ははっ、お見通しだったんですね」「でもね、あたしはそれもいいかって思ってた。毎日が本当に楽しかったから。あおい荘が出来て、なのっちやアオちゃんもやってきて、毎日賑やかに笑いながら、みんなでダーリンのことを取り合って。本当、楽しかった。 無理にあの日のことを掘り返して、今の幸せを失いたくない、そう思ってた。でもね、楽しい時間もそろそろ終わり……そんな気がしたんだ」「明日香さん……」「アオちゃんの家から帰って来て、ダーリンを見た時に感じたんだ。ダーリンの中で、何かが変わったって」「……」「ダーリンが自覚してるかどうかは分からない。でもね、あの時あたし、本当にそう思ったんだ。あたしはバカだからうまく言えないけど、ダーリン、未来を見ることを恐れなくなった。そう思ったんだ。 いつも感じてた、ダーリンの中にある闇。それが何なのか、あたしは
「来た来た」 正門前にタクシーが止まると、兼太が嬉しそうに声を上げた。 その声に、皆が安堵の笑みを浮かべる。そしてそれぞれの思いを胸に、正門へと歩いて行く。 扉が開き、まず文江が外に出て皆に頭を下げた。山下や小山が「おかえりなさい」と嬉しそうに声をかける。 直希は料金を支払って助手席から出ると、皆に一礼した後でトランクにある荷物を取りに後ろに回った。 だが一向に、栄太郎が車から出て来ない。「栄太郎さん……なんで出て来ないんですかね」 兼太のつぶやきに、明日香が陽気に言葉を返した。「栄太郎さん、柄にもなく照れてるんじゃない?」「嘘……あの栄太郎さんが、照れてる?」 庭先でざわつくスタッフや入居者たちに、直希が苦笑した。「じいちゃん、溜めはそのぐらいでいいよ」 その言葉に誘〈いざな〉われるように、栄太郎が勢いよく姿を現した。「メリー・クリスマース!」 * * *「え」「あ」 栄太郎はサンタクロースの格好をしていた。 その姿に、一瞬固まった入居者たちだったが、やがて肩を揺らして笑い出した。「サンタさんです! つぐみさん、サンタさんが来ましたです!」「……あおいには受けたみたいね、よかったわ」 周囲の反応に微妙な顔をした栄太郎だったが、あおいの言葉に気をよくしたのか、背負っていた袋を下ろすと、中の物を手に取った。「ええっと、これは小山さんだな。メリー・クリスマス!」「あらあら、うふふふっ。この年でサンタさんからプレゼントだなんて、長生きはする物ね」「小山さん、色々迷惑かけたね」「うふふふっ。おかえりなさい、栄太郎さん。お元気になられたみたいでよかったわ。これからもよろしくね」「ああ、ありがとう。そしてこれは&hel
少し落ち着いた頃に、つぐみたちを呼んでほしい、そう菜乃花が言った。 兼太は一瞬戸惑ったが、やがて笑ってうなずくと、彼女たちを呼びに部屋を出て行った。 今すぐにしなければいけないことがある。 これまでずっと、自分の弱さに甘えて逃げて来た。 でももう、そんな自分じゃ嫌だ。 周囲の人たちは皆、私の弱さを知っている。だから何があっても許してくれた。有耶無耶にしてくれた。 そのせいで自分の中にも、知らない内に甘えが生まれていた。 そんな殻を破りたい。そしてそれは今しかない、そう思った。 * * *「……入るわね」 つぐみがそう言って扉を開ける。つぐみに続いてあおいも、そして集配に来ていた明日香も入ってきた。「じゃあ俺、食堂に行ってるから」 そう言った兼太を、菜乃花が呼び止めた。「あ、でも……俺はいない方が」「いいの、ここにいて。いて欲しいの」「……分かった」 そう言って扉を閉めると、促されるままに菜乃花の隣に座った。つぐみたちも、菜乃花を囲むように腰を下ろす。「大丈夫ですか、菜乃花さん」「はい、大丈夫です。その……さっきまではそうでもなかったんですけど、今は落ち着きましたので」「そうですか、それならいいのですが」「兼太くんのおかげです」 そう言うと、兼太は照れくさそうに頭を掻いた。「それで、あの……みなさんにはちゃんと、報告した方がいいと思いまして」「報告って、何かしら」 つぐみの声に、菜乃花が肩をビクリとさせた。「あと……菜乃花。話をするなら、ちゃんとこっちを向きなさい」「つ、つぐみさん、ちょっとそれは」 あおいが慌てて口を挟む。しかしつぐみはそ
12月24日、クリスマスイブ。快晴。 あおい荘のスタッフ、入居者たちが玄関先に集まっていた。 待ちに待った、栄太郎の退院日。 それぞれの思いを胸に、皆が栄太郎の帰還を待っていた。 スタッフの中に、兼太と共に笑っている菜乃花の姿もあった。 あの日から一週間が経っていた。 * * * 兼太に支えられてあおい荘に戻った菜乃花は、そのまま部屋へと戻っていった。 散々泣き疲れたせいか、足元もおぼつかず、歩いて10分ほどのところを30分もかけて戻って来たのだった。 玄関口で兼太が、「……じゃあ、これで」そう言って帰ろうとしたのだが、その兼太の袖をつかみ、「お節介焼くんだったら、最後まで責任持ちなさいよ……」と力なく言われ、そのまま部屋に入っていったのだった。 菜乃花の顔を見た小山は複雑な表情を浮かべたが、後ろで立っている兼太に気付くと、「ちょっと山下さんの所に行ってるわね」そう言って部屋を出たのだった。「……」 菜乃花は部屋の隅に腰を下ろすと、膝に顔を埋めて肩を震わせた。 こういう時、どうするのが正解なんだろう。そんなことを思いながら入口で立っていると、菜乃花が無言で隣に座る様、畳を叩いた。「お邪魔……します」 決まり悪そうにそう言うと、兼太が静かに腰を下ろす。「……兼太くんは」 重い空気を破り、菜乃花が口を開く。「今の私を見て、どう思ってるのかな」「どうって……俺の気持ちはもう、伝えたはずだよ。何も変わってない」「何よそれ……答えになってない」「俺は……菜乃花ちゃんのことが好きだ。これからだって、ずっとそのつもりだ。菜乃花ちゃんは俺にとって大切な人で、その&hel
隣に座った直希は、自販機で買ってきたミルクティーを菜乃花に渡した。「待たせちゃったかな」「いえ、そんなことないです。私が勝手に、早く来ただけですので」「着替えた方がよかったんじゃない? 制服のままだと寒いだろ」「いえ、大丈夫です。ここで海を見て、色んなことを考えたかったので」 そう言って一口飲み、「あったかい……」と笑みを漏らした。「……ここに来てから、本当に色んなことがあったんだなって、そう思ってました。おばあちゃんと初めてあおい荘に来た日、あおい荘の雰囲気に驚いて……直希さんに会って……男の人とあんなに話をしたのは初めてで……でも直希さん、私に目線を合わせてくれて、穏やかに笑ってくれました。私が怖がらない様に気を使ってくれて……それが嬉しかった事、すごく覚えています。 それからの毎日は、ものすごく目まぐるしく動いてました。毎日が新鮮で、キラキラ輝いていて……あおい荘に住むようになってからは特にそうで……まるで自分じゃないみたいで、いつも笑って……本当に楽しかったです。 つぐみさんと友達になって、明日香さんとも仲良くなれて……あおいさんに楽しい毎日をもらって、笑顔をもらって……夢みたいでした。 私は他人が苦手で、いつも怯えてました。男の人は勿論だけど、女の人に対しても、いつも身構えていました。何もされないって分かってるのに、視線が怖くて……笑われているような気がして、本当に怖かったです。 でも、文化祭が終わった頃から、自分でも驚くぐらい肩の力が抜けていました。あれだけ緊張していた教室なのに、まるで自分に『ここにいていいんだよ』って囁かれてるような気がして……クラスメイトとも普通に話せるようになってました。 そう思って考







